おすすめ度 ★★★☆☆
★★★☆☆ 2008-10-09 社会情勢への配慮が裏目に出てしまった“新装版”
いきなり言葉が悪くなり申し訳ないが、本書は、30年以上前に発表された小説の“焼き直し”である。
再刊に際し、精神疾患に関連する研究や治療法の進歩と、それに伴う世相、なかんずく当事者の人権や社会感情などに配慮して、誤解を招きそうな用語や表現を改訂したとのこと。昨今の社会情勢を考えればやむを得ない処置か。
その他の基本設定は全く変えられていない。そこまでいじると作品自体の成立基盤が根底から崩壊するから当然だ。
だがそれゆえに、非常に不自然な印象が目立ってしまっている。
たとえば、主人公が勤務する病院の院長が太平洋戦争で細菌部隊に関与していたとの設定。現実世界ならこの人物はどう考えても80歳を超えていよう。
そんな人物が、統合失調症など新概念の知識や過剰とも思える気配りを要求される近年のメンタル系医療を、何の違和感も疑問も抱かずに理解し、取り組めるものだろうか。
揚げ足を取るつもりなど毛頭ない。小説世界の話の細部など気にする必要もないかもしれない。
だがこの小説は、精神病患者(敢えてこう表現することをお許しいただきたい)とその主治医の恋愛という、発表当時の時代感覚ではタブーとすら思われたテーマに果敢に挑戦し、テレビドラマ化もされたほど反響を呼んだ作品である。
時代が移ろい、何よりも人権感情が様変わりしてしまった今の時代に、語彙をちょこちょこ書き換えるだけのような小手先の姑息な手段など通用するまい。むしろ、使用語彙が変化したために、疾患を抱えるヒロインの表現が単調になり、印象が薄れてしまった。明らかな逆効果だろう。
五木氏ほどの作家なら、21世紀の現在ならではの切り口で捉え直すことも決して不可能ではないテーマだと思うが。
昨今のブームに氏本人が乗せられてしまった故の勇み足としか見えない。残念。
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